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最高裁判所第二小法廷 平成2年(行ツ)85号 判決 1990年7月20日

東京都千代田区内幸町一丁目二番二号

日比谷ダイビル一八〇四号

上告人

吉永多賀誠

東京都千代田区九段南一丁目一番一五号

被上告人

麹町税務署長

佐藤清和

右当事者間の東京高等裁判所平成元年(行コ)第三号所得税更正決定処分取消請求事件について、同裁判所が平成二年二月二八日言い渡した判決に対し、上告人から全部破棄を求める旨の上告の申立があった。よって、当裁判所は次のとおり判決する。

主文

本件上告を棄却する。

上告費用は上告人の負担とする。

理由

上告人の上告理由について

所論の点に関する原審の認定判断は、原判決挙示の証拠関係に照らし、正当として是認することができ、その過程に所論の違法はない。右違法があることを前提とする所論違憲の主張も失当である。論旨は、いずれも採用することができない。

よって、行政事件訴訟法七条、民訴法四〇一条、九五条八九条に従い、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 藤島昭 裁判官 香川保一 裁判官 奥野久之 裁判官 中島敏次郎)

(平成二年(行ツ)第八五号 上告人 吉永多賀誠)

上告人の上告理由

上告理由第一点

一 原審判決の理由

原審判決はその理由において左の通り判示した(判決五丁裏末行から六丁裏九行目まで)

(一) 当裁判所も、控訴人の本訴請求は、失当としてこれを棄却すべきものと判断するが、その理由は、次のとおり付加するほか、原判決の理由説示と同一であるからこれを引用する。

1 原判決二三枚目裏二行目の末尾に続けて次のとおり加える。「控訴人は、当審において、本件顧問料による収入は事業所得に算入されるべきものではないとして種々主張する(控訴人の当審における主張一の1(一)、(二))が、前記のとおり、(イ)控訴人が弁護士事務所を有していること(ロ)本件顧問契約が口頭でなされていることのみをもつて本件顧問料による収入を事業所得に算入すべきものと認定判断したものではないし、また(ハ)控訴人が顧問先との間で非常勤の雇用契約を結んでいるとか、複数の顧問先のうちの一か所で健康保険法、厚生年金保険法等による保険料の控除を受けているとかの事実を認めることはできないから、右主張はいずれも採用することができない。なお、原本の存在及び成立に争いのない甲第一〇号証によれば、控訴人主張のような所得税法に関する基本通達が存在していたことが認められるが前記説示のとおり、本件顧問料は、右通達にいう「給与所得であることの明らかなもの」にはあたらないというべきである。」

二 上告理由

(一) 原審判決は「控訴人が顧問先との間で非常勤の雇用契約を結んでいる(中略)事実を認めることはできないから、右主張はいずれも採用することはできない」と判示したが、上告人は甲第一、二、三号証を以て各顧問先の会社名、給与支払年月日、その支払金額を証明し、被上告人もその成立を認めている。契約は口頭契約なので書証を以て立証していないが、契約なくして長期に亘り、一定の時期に、一定の金額の支払をなすことは社会通念上あり得ないので、右の支払は雇用契約の存在を前提としてなされたものと推定すべきもので、長期に亘る雇用契約に基く報酬の支払があることが証明されているのに、原審が雇用契約の存在を否認し、否認の事由を説示しないことは、民事訴訟法第四〇三条の規定に反し不適法な事実認定をしたもので、経験の法則に反し違法な事実認定をしたものであり、審理不尽、理由不備の違法があるもので、右の違法は判決に影響を及ぼすこと明かなもので原審判決は破棄を免れない。

(二) 原審判決は上告人が「複数の顧問先のうちの一か所で健康保険法、厚生年金保険法等による保険料の控除を受けているとかの事実を認めることはできない」と判示したが、上告人は右様の主張をしたことがない。原審判決は第一審判決の第二当事者の主張三、被告の主張1の(二)の(3)の<5>(第一審判決五丁表一〇行目以下)を上告人が主張したものと誤解している。誤解に基く判断は理由がない。

(三) 原審判決は「甲第一〇号証によれば、控訴人主張のような所得税法に関する基本通達が存在していたことが認められるが前記説示のとおり、本件顧問料は、右通達にいう「給与所得であることの明らかなもの」にはあたらない」と判示したが、右通達には「弁護士、税務代理士、医師のような自由職業者が会社等から受ける顧問料、手当等は、その支払を受ける時期および額があらかじめ一定している、いわゆる固定給である等給与所得であることの明らかなもの」とあり、上告人が弁護士(自由職業者)であり、報酬支払者が会社であり、支払金額が顧問契約の対価たる顧問料であり、支払時期が給与支払日であり、支払原因があらかじめ一定しており、いわゆる固定給であることから給与所得であることが明らかであるから、これを給与所得に当らないとすることは理由の不備である。

(四) 事業所得か給与所得かの判断基準は所得税法の法文自体に基くことを要す。事業所得とは事実より生ずる所得をいい、給与所得とは給与より生ずる所得をいうのである。

されば事業所得を得るには事業所得を生ずる源泉として事業所得を得るに直接の投資を要し、給与所得を得るにはその源泉として労務供給契約を要し、事業所得の計算にはこれを得るに直接の必要経費を控除することを要し、給与所得の計算には給与所得の控除を要する。

事業所得を得るに直接の必要経費を伴わない事業所得はなく、又給与控除を伴わない給与所得はない。事業所得か給与所得かの判断の基準は、所得を得るために直接の必要経費を要するか否かにある(所得税法第二七条及び同第二八条の各二項)。

被上告人が納税者中、上告人以外の者には右基本通達を適用し、上告人にはこれを適用しないことは法の下における納税者の平等を破り違法である。税制改革法第三、四条税負担の公平に反する。

原審判決が甲第一〇号証の判断標準の外に納税者の危険とか、又給与支払者の指揮命令とか法律の規定以外の標準を以て、法律を解釈することは不法であり、不法な法律解釈に基く判断は違法であり、かかる判決は破棄を免れない。

上告理由第二点

一 原審判決の理由

(一) 原審判決は判決六丁裏一〇行目以下において左のとおり第一審判決の理由説示を引用した。

旅費交通費の必要経費算入否認について

被告の主張1(三)(1)(原告が、別表四の「支払者」欄記載の者から本件日当を受領したこと)、同1(三)(2)(原告は、本件日当を本件係争各年分の事業所得の総収入金額に算入するとともに、本件日当に相当する金額を旅費交通費として本件係争年分の必要経費にも算入して事業所得の金額を算出し、本件係争年分の確定申告をしたこと)の各事実は、当事者間に争いがない。

ところで、事件受任の際に取り決めた報酬とは別に依頼者から受け取る日当は、弁護士が本来の業務を行う自己の事務所所在地を離れた出張先で依頼者のために業務を行う必要上あらかじめ旅費、宿泊費に含まれていない出張中の少額の諸雑費に支出することを予定して受領したものであると解されるから、その実費の弁償と認められる限りにおいて、必要経費としての性質を有するものというべきであるが、それだけでなく、交通機関により比較的長距離を往復しなければならないこと、ある程度の期間自己の事務所を離れて当該事件のために拘束されること等に対する対価、つまり、報酬としての性質をも有するものというべきである。したがつて、給与所得者がその本来勤務する場所を離れて勤務するために旅行した場合にその雇用主から支給される金品のように、現行所得税法上その旅行について必要とされる範囲において非課税所得とされる規定(同法九条一項四号)の存在しない以上、事業所得者である弁護士の受ける右日当は、それが同法二七条二項の「総収入金額」に含まれないということができないばかりでなく、出張等の事実が存する限りにおいて使途が明らかな旅費、宿泊費のように、その金額を事業所得の計算上当然必要経費と認定することも許されないというべきである(これに反する原告の主張は、採用することができない。)。

ところで、ある支出が必要経費の額に算入されるためには、客観的にみて、それが業務と直接関係があり、かつ、当該業務の遂行上必要な支出でなければならず、右支出行為は、事業所得者の行う業務の一態様にほかならないから、必要経費の支出は、事業所得を生ずべき事業に係る資産、負債及び資本に影響を及ぼす一切の取引(同法施行規則五七条)に該当するというべきであるところ、必要経費の有無については、原則として、課税庁が必要経費の不存在について立証する責任を負うと解すべきであるが、必要経費の支出は被課税者が行う行為であつて、その内容は自らの行動として当然熟知しているものであり、これに関する証拠も被課税者が保持しているものであるから、必要経費が存在すると主張する原告たる被課税者が、必要経費がないという被告課税庁の主張を単に争うだけで、必要経費として支出した金額、支払年月日、支払先、支払つた内容について一切具体的に特定して主張しないときは、公平の観点から事実上必要経費は存在しないものと推定するのが相当であるといわなければならない。これを本件についてみるに、本件日当は、前記のとおり「事業所得に係る総収入金額」(同法二七条二項)に含まれるところ、原告は、本件日当をもつて支弁した各費用ごとの具体的支払先、支払年月日、支払金額について一切主張しないのであるから、本件日当分については「必要経費」(同条項)はなかつたものと推定するのが相当である。

なお、原告は、本件日当は、税法上非課税である旨を主張するが、本件日当は給与所得者に対して支払われたものではないから、原告の主張は失当である。

また、原告は、本件日当の具体的な支出内容を主張立証せず、その証拠書類も提示しない根拠として、大蔵省告示は、少額な取引については日々の合計金額を一括記入することができるとしており、日当をもつて支弁する金銭の支払は所得税法施行規則五七条一項の「取引」に該当しないので、その支出の記帳義務はない旨を主張する。

確かに、青色申告者の帳簿書類の記録については、大蔵省告示別表第一の一(事業所得の部)(イ)(一般の部)の第一欄備考欄及び同第二欄備考欄の規定により、一定の場合には少額な取引について一括記載をすることが許されるものと解されるが、しかしながら、その場合でも、帳簿書類の整理保存を定めた同施行規則六三条の適用を受け、同条に定める帳簿書類(本件日当の場合、本件日当から支弁した事実を記録した帳簿書類及び相手方から受け取つた領収証その他これに準ずる書類)は当然これを整理保存しなければならないものというべきであるから、右各備考欄の規定に基づき一括記載をすることができるからといつて、原告において本件日当の具体的支出内容を主張立証せず、また、証拠書類を提出しないことが許されることにはならないものというべきである。なお、必要経費の支出が所得税法施行規則五七条一項の「取引」に当たるものであることは、前記のとおりであるから、日当をもつて支弁する金銭の支出が右「取引」に当たらないものということはできない。

以上によれば、原告の主張はいずれも理由がないから、被告が本件日当に相当する金額の本件係争各年分ごとの合計額を原告の本件係争各年分の確定申告に係る事業所得の金額に加算したのは、適法である。

(二) 原審判決は判決六丁裏末行から七丁表六行目までに次のとおり付加した。

「控訴人は、当審において、所得税法九条一項四号の適用対象者は、給与所得者のみに限定されるべきではない旨主張するが、明文の規定に反し、採用することができない。なお、裁判所が国選弁護人に対して支払う日当について源泉徴収をしていないとしても、それは、給与所得者以外の者に対して右規定が適用されることを認めたことによるものではない。」

二 上告理由

(一) 右判決は「日当は報酬としての性質を有する」、「事業所得者である弁護士の受ける右日当は、それが所得税法二七条二項の「総収入金額」に含まれないということができないばかりでなく、出張等の事実が存する限りにおいて使途が明らかな旅費、宿泊費のように、その金額を事業所得の計算上当然必要経費と認定することも許されないというべきである(これに反する原告の主張は、採用することができない。)」というが、日当は報酬ではない。刑事訴訟法第三八条二項は国選弁護人は、旅費、日当、宿泊料及報酬を請求することができると定め、日当が報酬に含まれないことを明規している。

(二) 判示によると事業所得者である弁護士の受ける日当とあるが、本訴の日当は弁護士という職業にあるが故に受けたものではなく、特定の用務処理の委託を受け、その用務処理のため、裁判所に出張するにつき委任者から受取つたものである。

(三) 判決は日当については非課税所得とされる規定(所得税法九条一項四号)の存在しない以上、事業所得者である弁護士の受ける右日当は、それが所得税法二七条二項の「総収入金額」に含まれないということができないばかりでなく、出張等の事実が存する限りにおいて使途が明らかな旅費、宿泊費のように、その金額を事業所得の計算上当然必要経費と認定することも許されないというべきである(これに反する原告の主張は、採用することができない。)というがこれは誤りである。

日当はその本質が非課税である。法令の明文を要せずして非課税である。甲第七号証、甲第八号証は日当の支払者たる裁判所がその受領者たる弁護士の日当に課税していないことを証明している。全国各裁判所も証人の受ける日当に対しては所得税を課していない。

(四) 判決は「原告は本件日当をもつて支弁した各費用ごとの具体的支払先、支払年月日、支払金額について一切主張しないのであるから、本件日当分については「必要経費」(同条項)はなかつたものと推定するのが相当である。」と判示したが、上告人が出張し、且諸雑費を要したことは主張したとおりであり、日当は旅費、宿泊費に含まれていない出張中の少額の諸雑費に充当するもので、旅行には諸雑費を要し、日当を以つてこれを支弁することは世間一般の旅費規定で定められていて、旅費の支払は公知の事実で社会常識となつており、日当はこれを清算する必要はないのである。日当はその支払額が日額で定めてある。日当を受領した者において、その使途の証明責任はなく、之を争う者において日当を費消しなかつたことを証明すべきである。さればこそ旅費規則においても通常旅行に必要な額と定めている。甲第六号証においては日額一千円、甲第七号証においては二、四五〇円、甲第八号証においては二、六〇〇円と定めているのは、この額を以つて旅行に通常必要な額としたものでその性質上清算を要するものではない。

(五) 第一審判決は「必要経費の支出が所得税法施行規則五七条一項の取引にあたらないものということはできない」というが、日当を以て支出する少額の雑費の支払は所得税法第五七条第一項の資産、負債及び資産に影響を及ぼすものではなく、その第二項の事業所得を生ずべき事業に係る資産、負債及び資本には該当しないので記帳義務はない。

(六) 原審判決は当審において「所得税法九条一項四号の適用対象者は、給与所得者のみに限定されるべきではない旨主張するが、明文の規定に反し、採用することができない」とあるが、右条文を適用しなくても、これを給与所得者以外の弁護士、証人等の日当に対して非課税扱をすれば所得税法上の非課税規定を適用したと同一の結果となり、非課税規定の存在をまたず、裁判所が日当には所得税を課さないことになる。裁判所が日当には所得税を課さないのに、税務署が日当に所得税を課することを認容し、納税者は裁判所からは日当を免税せられ、税務署からは納税を強要せられることになり、法の前に別異の取扱を受けることとなり、憲法第八四条及び税制改革法第三、第四条の規定に反することになる。

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